アカデミックリサーチと芸術の未来
1月5日(金)6日(土)に、ペンシルヴァニア大学の実験的民族誌センターからセンター長、副センター長、博士学生を含む5名と、日本で映像・マルチモーダル人類学・アートベースドリサーチなどに取り組む若手、およびトップランナーの研究者をお招きして、アカデミック・リサーチとアートの未来というテーマでシンポジウムとワークショップを行ないました。1日目は24名、2日目は35名が参加した。
映像人類学やマルチモーダル人類学、アートベースドリサーチが切り拓いてきた、学術的なテクストにとらわれない知識の領域は、学問の広がりを促進すると同時に、知識のあり方そのものを根本から問い直す重要な役割を果たしてきた。こうした学問的な背景のもとで、本イベントでは研究成果の発表や成果アウトリーチなどに関しても通念的な論文という媒体だけに依存する方式を越えて、映像や映画、ドキュメンタリー、ソーシャルゲーム、パフォーマンスなど多様なメディアを通じた発表と公開の方式について実験的な試みを含め検討し知見を共有した。これは他者の身体性についての調査方法と、学術的議論のあり方、社会的分断を乗り越えるための市民参加型のアウトリーチ活動に関して以下のような点で重要な気づきをもたらした。
まず、他者の身体性や環境把握について調査を行うときに、ただペンと紙だけで参与さん観察するのではなく、マルチモーダルな方法を用いる重要である。たとえば、Alissa Jordanの発表は、対象者にインタビューするだけではなく、撮影や録音器具を渡しそれで表現してもらうことによって、いかに対象者が語っていることを捉えているかというパースペクティブを得られる可能性を示したものだった。また、Pablo Aguilera Del Castilloは、対象の環境と世界の把握を、対象社会が歴史的に作ってきたる様々な様態の地図だけではなく、対象社会の人びとと共に地図を作るという行為によって、視覚的に現していた。
次に、調査の対象となる人びとの身体性を、「肉体」に限定するのではなく、拡張的な機器も含めて理解するという姿勢である。たとえば、北川真紀は日本の狩猟者が狩猟の際に利用するドローンの例を提示し、拡張的な視角や身体性を論じている。
最後に、映像やアートといった身体に根差した手法をもった、学術的議論と批評の場の形成の重要性である。2日目の発表者はそれぞれ、映像など作品をメインとするオンラインジャーナルの創設、アートと学術のフォーラムの形成、実験的な民族誌センターの設立と運営など、発表者が取り組んで来た具体的な実践に根差しながら、その可能性と困難について議論した。そして発表と批評の場を形成することによって、文化人類学的な知をよりラディカルに捉え返し、研究者以外の人たちに開くと同時にともに作っていけることが示された。これは単なるアウトリーチではなく、「人びとの身体と共に知を形成していく」という新たな学術知の形成の仕方だといえる。
以上のような点において、同イベントは本課題の掲げる「身体性を通じた社会的な分断の超克」に関する学術的検討という実践的な課題に関しても、重要な貢献をなしたものと考えることができる。
以下、プログラム詳細は下記の通り。
1月5日(金)6日(土)に、ペンシルヴァニア大学の実験的民族誌センターからセンター長、副センター長、博士学生を含む5名と、日本で映像・マルチモーダル人類学・アートベースドリサーチなどに取り組む若手、およびトップランナーの研究者をお招きして、アカデミック・リサーチとアートの未来というテーマでシンポジウムとワークショップを行ないました。1日目は24名、2日目は35名が参加しました。個人と組織の様々な取組について発表・パフォーマンス・議論することで、今後の領域横断的な取組の方向性や可能性が見えたり、柔軟に思考するための刺激になったりしたという声がありました。概要は以下の通りです。
■1日目(1月5日)14:00–17:30
場所:東京外国語大学AA研2階コモンズカフェ(203)※対面のみ
ショーケースイベント “Multimodal Anthropologies across the Pacific”
概要:
近年のインターネットの広がりや撮影・録音機器の高度化や小型化,デジタル機器を用いた表現の簡易化などの技術的変化など,現代社会をとりまく様々な技術的変化や,人びとの生きられた経験を重視する人類学の理論的潮流を背景にして,映像人類学/マルチモーダル人類学は,その領域と表現を広げてきました。そうした中,本イベントでは,アメリカ,シンガポール,日本と様々な場所に根差した研究者が,映像制作,パフォーマンス,ドローン撮影,アートに根差したワークショップなど,それぞれの実践を披露し議論することで,新たな創造と批評の形を考えたいと思います。
発表:
1. ふくだぺろ(立命館大学・博士課程) “Violencing, Musicking, Emotioning”
2. Jacob Nussbaum(ペンシルヴァニア大学・博士課程) “Performance Interventions: Multimodality as Embodied Method”
3. 村津蘭(AA研・助教) “Capturing the Uncanny: Anthropological Research and Creative Collaboration”
4. Alissa Jordan(ペンシルヴァニア大学実験的民族誌センター副所長・准教授) “Seeing Our Bodies Healed: Collaborative Vision States in Film and Sound in a Haitian courtyard”
5. 藤田周(東京外国語大学・特任研究員) “Letting Images Connect: A Multimodal Method for Anthropological Thinking”
6. Leniqueca Welcome(ジョージ・ワシントン大学・助教) “Collage as a Practice of World-Building: Archive, Relation, Speculation”
7. Midori Miyamori(東京藝術大学・修士課程) “About Instant Acting”
8. Alexandra Sastrawati(プリンストン大学・博士課程、シンガポール国立大学・Young NUS Fellow) “Ethics of Proximity: A Visual-Lyric Autoethnography”
9. Pablo Aguilera Del Castillo(ペンシルヴァニア大学・博士課程) “Multimodal Cartographies: Excavating the Mexican Landscape through Emerging Visual Media”
10. 北川真紀(東京大学・プロジェクト研究員) “Vision in Multimodality : Thinking through Drone, Snowmobile and Hunter’s Sensibility in Japanese Mountain”
コメンテーター:Deborah Thomas(ペンシルヴァニア大学実験的民族誌センター所長・R. Jean Brownlee教授)
■2日目(1月6日)13:00–18:00
場所:東京外国語大学AA研3階大会議室(303),オンライン会議室 ※ハイブリッド形式
シンポジウム “Futures of Academic Research and Art”
概要:
映像人類学/マルチモーダル人類学,アートベースドリサーチなどが切り開いてきた学術的テクストに限定されない知の領域は,学問の裾野を広げると同時に,知のあり方を根本的に問い直す重要な役割を担ってきました。近年では,その方法は映像だけではなく,現代アートの手法を使った作品やインタラクティブなサイト制作,VR映像の展示など,様々な方法に広がっており,新たな思考の地平を開いています。一方で,新しい領域では方法論や思考を交換するプラットフォームが確立していなかったり,アカデミアにおける批評の場が少なかったりなど、様々な制度的な課題もあります。そうした背景から,このシンポジウムでは,学問組織の中で,学問と芸術との協働の地平を切り開いてきた方々に,その経験をシェアいただきながら,今後の展開とヴィジョンについて議論します。それにより,包括的で新しい知のあり方を示し得るような,より発展的な組織やプラットフォームをデザインする理想的,現実的な可能性について考えます。
プログラム:
13:00. 挨拶
13:10. 趣旨説明
13:20. 発表1
川瀬慈(国立民族学博物館・准教授) “TRAJECTORIA – Expanding the Range Limitations of Scholarship in Audiovisual Practice”
13:50. 発表2
毛利嘉孝(東京藝術大学・教授) “Art, Research and ‘Investigative Aesthetics’: Arts-Based Research in the Digital Media Age”
14:20. 発表 3
デボラ・トーマス(ペンシルヴァニア大学実験的民族誌センター所長・R. Jean Brownlee教授) “Multi-Modal Ethnography at the University of Pennsylvania – Merging Creative Arts and Scholarship”
14:50. 休憩(15分)
15:05. 発表 4
小川さやか(立命館大学・教授) “Multimodal Anthropology Using Serious Games: Toward a Collaboration of Business, Education, and Anthropology”
15:35. 発表5
岡原 正幸(慶應義塾大学・名誉教授) “Art-based research Activities in Japan”
15:50. 休憩(15分)
16:05. 総合討論
17:50. クロージング
司会:村津蘭(東京外国語大学)
討論モデレーター:ふくだぺろ(立命館大学)
参加費:無料
使用言語:英語
共催:東京外国語大学フィールドサイエンスコモンズ(TUFiSCo),AA研基幹研究人類学「社会性の人類学的探究:トランスカルチャー状況と寛容/不寛容の機序」,Anthro-film Laboratory,立命館大学大学院先端総合学術研究科,学術知共創プログラム「身体性を通じた社会的分断の超克と多様性の実現」