ワークショップ「日常をフィールドワークする①、②」の開催について(2023年11月19日(日)および12月10日(日))
2023年11月19日(日)および12月10日(日)の二回に分けて「日常をフィールドワークする」と題した本課題のアウトリーチ的イベント(身体的実践を伴うワークショップ)をAA研 405/コモンズ・ラボで開催した。本イベントは本課題「身体性を通じた社会的分断の超克と多様性の実現」の分担者でAA研所員の村津蘭(AA研所員、専門:映像人類学・文化人類学)が企画し、当日のファシリテーターも村津が担当した。
11月と12月のワークショップの試みが本研究課題「身体性を通じた社会的分断の超克と多様性の実現」(以下、「本課題」)の掲げる社会的分断の超克といった実践的なテーマに関していかなる貢献や成果をもたらしたのかに関して述べたい。
まず同ワークショップでは、参加者が講師の指導のもとで、実際に呼吸や瞑想などの身体的実践を身をもって体験することが試みられた。また、屋外で「心地のよい音」を録音するという体験も行った。また、1回目で参加者は「力を感じるもの」というテーマで写真、録音をすることを課題として与えられた。これは課題を持つことで日常の風景を異化することを目的としたものである。2回目ではそれらを提出して、参加者はそれぞれの写真や音を見て聞くと同時に、意図や感じ方を議論した。こうしたことにより、同じ東京に住んでいる人間でも風景の感知の仕方が異なっていることを感じると同時に、一定の環境によって作り出される感覚の共通性についても理解した。参加者からは、「普段慣れた生活を異なる形で見られたことが面白かった」「他の参加者の感じ方の違いに驚いた」といった感想があった。
これらの実践を通じて、参加者はふだんの日常的な身体の構えであるとか傾向性をいったん停止し、自分自身の変容を促す体験を共有することを試みた。こうした試みは本課題が掲げる「多様で変容的な身体に関するパラダイム」すなわち身体の在り方は地域や社会・文化的文脈はもちろん個人によっても極めて多様で差異に満ちたものであり、また同時にそうした差異は必ずしも固定的ではなく、例えば身体の実践に応じて変容しうる可変的な存在である、という気づきに通じるものと考えられる。
この点は本課題が「社会的分断の超克」に関して設定している以下のような問題意識と共振する。すなわち、本課題では、例えば異文化出身の外国人などを含む多様なマイノリティの身体経験を、「どれだけマジョリティの身体に近づける(同化させる)のか」という視点ではなく、むしろ「身体経験は彼ら/彼女ら自身の固有で豊かな経験に裏打ちされた文化や生活世界を有している」のではないか、という問いから出発する。それにはまず、自らの身体や感覚が、まず文化の中に深く埋め込まれ、訓化されているのだということを理解する必要がある。本ワークショップは、こうした知識をただ伝授するのではなく、参加者の身体を動員しながら体験してもらった上で、他者の経験を共有しその差異と共通性を視覚と音を通じて感じることで、身体的な経験としての納得を得ることを志した。
以下、プログラムの詳細は下記の通り。
概要
人類学は自らと異なる文化や土地をフィールドとして,そこでの経験を通して思考することを重要な実践としてきた。本ワークショップでは,こうしたフィールドワークの方法や思考に根差しながら,参加者が身体や撮影・録音機器を使ったワークを通して自らの日常をフィールドワークし、それにより,日常,世界に対して新たな視点を持つことを目指した。この企画は、教育・アート・人類学的分析をつなぐものであることを企図しており、まず初回として実験的に行ったものである。
申し込みは定員の12名だったが、キャンセルが出たため11月19日の参加者は10名だった。11月19日はファシリテーターの村津から、人類学やフィールドワークと身体との関係についてレクチャーを実施し、その後,日常に馴染んだ感覚や身体を変化させるために幾つかのワークを行った。一つ目は、自らの身体所作と他者の身体所作に意識的になるためのワークである。2人組で「自分の好きなもの」を紹介した後、もう一度全く同じ動作で同じこと行ってもらうというものである。そして、次に役割を反転させ、相手の動作で言ったことを話すということも行った。次に、自らの身体に意識的になるために、呼吸を意識する瞑想を行った。その後、機械を利用しながら感覚を意識するためにキャンパスに出て、個々の参加者が「気持ちよいもの」というテーマで写真と録音を行ったのちに発表した。
後半は12月10日に行ったが、参加者には前日までに「力を感じる場所・もの」というテーマで写真3枚、録音3本を提出するという課題をお願いした。当日には急な仕事・病気などで3名が欠席したため、参加者は7名だった。10日には、提出してもらった写真を「よく見て語る」というワークを実施した。現代では特にインターネット上で膨大な写真を目にするためにかえって個々の写真に注意がなかなか払えない。見るという実践を行うことで日常を見直すことを目指した。
ワークショップ後にアンケートを実施したが、「多くの気づきがあり、人類学の基本も学べば大変有意義な時間になりました」「WSというものに参加するのが初めてだったので、初対面で背景も様々な方々と、同じものを見て話す、という経験がとてもおもしろかったです」などの意見があり、概ね好評だった。今後の改善点を聞いたところ、「課題でせっかく「音」にこだわり1分×3本提出したので、受講者全員の「音」も聞きたかった。2日目のワークについても「音」を聞いて語る、「音」を聞いて物語をつくるのがあってもよかったのではないでしょうか」「「写真をよく見て語る」ワークでは、構図など写真技術的なコメントではなく、人類学的な視点からのコメントや誘導があると、より良かったのではないかと思います」などと今後の改善意見ももらえた。こうした意見や今回の反省を次回以降のワークショップに活かしていきたい。